カテゴリー: 認知の変化

  • 選択肢を増やして悪循環から意識を逸らす

    私の過去は社会不安障害(SAD)特有の様々な悪循環で満ちていた と以前書いたが、社会不安障害の悪循環というやつは極めて強力である。 悪循環が生じたと気づく前に自動的に嵌っている。特定のトリガーに対する反応がひとつしかなく […]

  • 居心地が悪くてもトイレに逃げずにそこに居続け会話に入る

    私は雑談が苦手である。 特に苦手なのは見知らぬ人々の集まる場での雑談、また集団活動中の休み時間に繰り広げられる雑談。ふたつが合わさったら最悪である。見知らぬ人々が乱雑に席を立ち、乱雑に世間話を繰り広げるあのカオス。どうし […]

  • 社会不安障害から回復するということ

    先日、2012年7月14日に自分が書いた記事を読んで、えっ?と思った。 プレゼン当日の朝のことを書いた記事だ。不安は全くないが、やはり頓服薬を飲んでおくことに決めた、と書いている。

  • 不安場面が楽しみだ

    ビデオ通話というのは、苦手だった。 けれども、仕事上、使わなければならないことは多い。回避するほどではなかったが、ビデオ通話のアポイント数日前からどんよりという不安に見舞われるというのが常だった。

  • 自分の感情を押し殺す癖と向き合う

    この一週間、心身ともに不調である。休暇後、遅れた仕事を取り戻すために全力でやってみたが、ストレスが溜まる一方で、ろくに休まないから疲労も溜まり、体も壊している。

  • 止めどなく流れる自動思考と向き合う

    認知の歪みを修正する。認知を再構成する。自分を変える。あるがままを受け入れる。 そうなんだけど、確かにそれが起これば社会不安障害の症状は消えていくのだろうけれど、ハードル高すぎるように思えてしまう。

  • 社会不安障害になった責任を放棄する

    今後のためにも自分の認知がどう変化してきたのかを知るために、私は定期的に過去に書いた記事を読み返している。 するとびっくりすることがある。

  • 自分に厳しいのと意地悪なのとを混同していた

    一年前、クリニカルサイコロジストのジャネットさんに指摘されたこと。 「自分に対してだと途端に意地悪を言う。自分をいじめておいて自分で気がつかない。友達には優しくできるのに自分のことはいじめる。なんて不公平なの」

  • 自己否定感と劣等感の違い

    自己否定という言葉をブログで何度も使っていながら、しかもそれが私の不安の根源に関わっているにもかかわらず、一度もこの言葉が自分にとってどういう意味なのか定義したことがなかった。 自己否定。それは私にとって劣等感とは異なる […]

  • なぜ震えてもいいのかについての追記

    震えることについての追記。 それは、社会不安障害になって震えている張本人以外の誰一人として、その震えていることに意味を与えることができる人はいないのだ、ということ。