障害の縛りから解放され得意なことを発揮できる

プレゼンをやろうとすると不安発作を起こし再起不能と化す。という段階から始まった治療だが、今では「プレゼンがお上手ですね、秘訣は何ですか」

と聞かれる状態にまで回復している。

もちろん、楽にこなしているわけではない。何の苦もなく楽しんでやっているように見えるだろうけど、やる前には色々と準備を整えている。漸進的筋弛緩法。マインドフルネス瞑想。呼吸法。状態が不安定であれば頓服薬のアルプラゾラムも使う。プレゼン中に使う言葉にも気を払う。発音しづらい言葉は使わずに、楽に言える言葉に言い直す。短い歯切れのよい文を心掛ける。

 

元々、プレゼン内容を構成していくのは得意であったのだ。

はじめのスライドで問題点を明確化する。この問題点が明らかになれば、どれだけの進展が望めるか、聴く人の気持ちを高揚させるように語っていく。そうやって聴く人々の心を掴んだら、そこから一気に自分の研究内容を語る。問題点がいかに自分の研究によって綺麗に埋められていったかを伝えていく。

そうだった。そういうストーリー展開をプロット化していくことは私の得意科目であった。

それなのに、プレゼンを始めようとすると、太い縄で体中を強く縛られているかのごとく体の自由を失うのだった。

内容としての準備は整っているのに、あとは伝えるだけなのに、それができない。

私にとっての社会不安障害とはそういう病だった。

何年も毎日のように研究を継続して明らかにしたことを、ようやく公にするその舞台で、何年もの努力を一瞬のうちに塵と化す強力な爆弾。

爆弾を落とされ体中が焼け焦げ痛むとき、早く殺してくれと思うだろう。

精神が焼け焦げ痛むとき、私は早く殺してくれと願った。

何年も努めて、多くの人々の協力を得て、多くの資金を使い、税金を費やし、あらゆるリソースを使いつくし、思考錯誤を繰り返し、見出したこと。

それを知見として刻むことすら私にはできない。

ならば、早く殺してくれ。何もかもが無駄になるのだから、早く殺してくれ。科学の健全な発展と全人類の健全な発展のために早く殺してくれ。

障害があるなら、インペアメントがあるなら、それは苦手なことだから、誰にでも苦手なことはあるのだから、得意なことを見つけて伸ばしていけばいいね、という美しく前向きな障害受容のあり方は私には当てはまらない。

研究活動がどんなに得意でも、プレゼンの内容構成構築がどんなに得意でも、プレゼンの最中に大きな不安発作を起こしたら、「得意なこと」は発揮できない。

得意なことが発揮できないだけではない。

得意なことが得意であるほど不安発作に見舞われるとき激しく焼き焦がされるのだ。得意であればあるほど。

だから、得意なことを発揮する最中に、死に至る不安発作が生じないようにしていく。雁字搦めに縛り付ける縄を緩めていき、やりたいと思うことができるようにする。能力が発揮できるようにすることが大切なのだ。

私を縛り付ける縄をほどいたのが認知行動療法、特に行動療法だった。

認知行動療法の専門家に導かれ、教わる通りに継続していったら、縄は自ずと緩んでいき私をインペアメントの呪いから自由にしていった。

どういうわけか私は自分が貢献する立場にあると信じて疑わなかった。貢献せねばならないと思っていた。

逆の立場に身を置くことは想像すらできなかった。逆の立場、つまり、科学の発展の恩恵を受ける立場のこと。

私は自分ひとりで解決しようと苦しむのをやめ、科学的に裏付けられた行動療法の知見に病の解決を委ねた。無力な存在として全的に委ねた。そのときから、突然、病が回復に向けて溶け出したのだ。こんなことはそれまでひとりで闇雲に努力を続けてきた頃には一度たりともなかった。

回復という過程を経て、私はひとつ極めて大切なことを学んだように思う。

それは、私は生きるにあたり他者の努力と知見にわが身を委ねていいのだということ。

他者からの恩恵を受け続けていいのだということ。

その恩恵は私が何ひとつ貢献しなくても、条件抜きで受け続けていい種のものであるということ。

そんなことを、一時間の講義を無事に終えるときなどに思うのだった。何ひとつ悲劇的なことは起こらなかった、やることをやり終えたときの静寂の中で。

私は小さな存在であり力がない。

貢献するために生きているのではない。

それは隠すことでも恥じることでもない。生きている、それだけで尊重される存在である。

そんな気持ちが、気の持ちようを変えようとするのではなく、教わったように行動を実践していくことで、徐々に根付いていくのを感じる日々に、一見何でもない日常の世界に隠れていた希望と平安が広がるのが見えてくるのだった。

何ひとつ、努めることはない。ただ行動を継続していくだけだ。

投稿者: administrator

Mental health blogger, researcher, social anxiety/selective mutism survivor.