正常と異常の狭間で

「あなたは普通のまともな人です。性格とか、個性のうちで、せいぜいちょっとした不調でしょう。精神疾患などではありませんよ」

と言われるのは相変わらずだが、そう言われるときの自分の反応は以前とはすっかり変わった。 “正常と異常の狭間で”の続きを読む

社会不安障害の治療は心理職(公認心理師)の国家資格化でどう変わるか:オーストラリアとの比較

現在、日本でも心理職を国家資格化する動きが強まっている。これが実現すれば、日本でも認知行動療法(CBT: Cognitive Behavioral Therapy)をはじめとするエビデンスの確立したセラピーを、現状よりも容易に保険適用で受けることが、将来的には可能となりそうだ。 “社会不安障害の治療は心理職(公認心理師)の国家資格化でどう変わるか:オーストラリアとの比較”の続きを読む

「シャイなのではありません。社会不安障害なんです」

外見で判断してしまうと本質が見えない。

社会不安障害(SAD)は、まさにそれ。外見(あるいは、症状の話を軽く聞いた感じ)からは、その表面的な特質のみからは、この病理的な不安のメカニズムを想像することは一般的に困難だ。

「それって、性格だよ。心配いらないよ」

と、優しく言われる。 “「シャイなのではありません。社会不安障害なんです」”の続きを読む

認知行動療法を受けたくても受けられない現状

日本での社会不安障害(SAD)治療を巡る現状について調べていたところ、世界で認知行動療法などのSAD治療の第一選択肢とされているエビデンスのある治療を受けられないでいる人達が多いようだ。 “認知行動療法を受けたくても受けられない現状”の続きを読む

『私がモテないのはどう考えてもお前らが悪い!』の主人公黒木智子が激しくSADであることについて思う

下の画像は世界のSAD(Social Anxiety Disorder:社会不安障害)当事者達の間で今話題になっているアニメの第一話のワンシーン。

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自分のためのカミングアウト

社会不安障害であることを周囲の人に伝えておくことについて過去に何度か書いてきたが、もちろん、それは人に言えば治るということではない。障害が障害でなくなるためには周囲の人々の理解が必要となることがある。病を抱えつつも生きやすくするための工夫のひとつでもある。 “自分のためのカミングアウト”の続きを読む

病んだ自分を差別する自己と向き合う

いまだこの疾患に対する一般的な認識というものは無理解に満ちているように思う。そして私がそうであったのだが、社会不安障害を抱える当事者自身が自分の疾患に対して偏見を抱いてしまいがちではと思う。 “病んだ自分を差別する自己と向き合う”の続きを読む

普通に精神疾患のお話ができるように

自分が抱く社会不安障害への考え方が変容してからは、一般の人が抱く社会不安障害についてのイメージってどうなんだろうと思うようになった。

きっと、ほとんどの人がそんな言葉自体知らないか、聞いたことがあっても、シャイな人達が病気にされている程度の認識なのかもしれない。

または社会不安障害も含めたメンタルの病気に対して偏見を持っている人も多いかもしれない。 “普通に精神疾患のお話ができるように”の続きを読む