「科学者のように仮説を検証しましょう」という認知行動療法の謳い文句は違うと思う

私は治療を受け始めた頃、認知行動療法とは自分の感じ方を客観的に検証していき客観的な結論に導くものだと思っていた。認知行動療法のセルフヘルプ本などにもそういうことは書いてある。「科学者のように客観的に検証していきましょう」と自分の感じ方、思考パターン、行動パターン、現実の様相について検証してみるよう促し、認知行動療法の世界へと誘う。

しかし、認知行動療法が私の生活の一部となり10年近くが経過した今、認知行動療法をやればやるほど、それは違うのではと思うようになった。というのは、私が認知行動療法で効果を実感するに至るとき、きまって客観的な検証プロセスを経ていない。客観的な検証プロセスを経ているように見せかけて、バイアスのかかった結論にもっていっている。私が認知行動療法をやってうまくいくときは、客観的に物事がどうであったかにかかわらず、いつも意識的に特定の結論へと導いている。

すると何だこれは。科学的でも客観的でもないじゃん。そう思うようになってきた。

例えば。

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行動実験:ボロを纏い準備もせずに学会発表に挑む

準備をすると不安になる。

これは一種の予期不安だろう。何かへ向けての準備を始めると同時に不安も生じ始める。

不安場面であるほど、場面をこなすためにしっかり準備をしようとする。 “行動実験:ボロを纏い準備もせずに学会発表に挑む” の続きを読む