全てを自分のせいにするのをやめた

前回の記事で書いたように、今回の学会発表のように聴衆が高度な議論に導かれなかった場合、以前の私だったら、ひたすら自分の力不足を責めたろう。

聴く人を啓蒙することができなかった、と。

今ではそういった過剰な要求を自分に向けない。

そんなのは、自分のせいじゃないもん。

そんなことまで自分で背負いこんだら、壊れちゃう。

思考の癖も、改善してきているようだ。

あえて反対のことを考えて、努力して思考の動きを変えなくても、今回は自分ひとりで抱え込まなかった。

楽しもう、とにかくできるだけ楽しもう、ということで、他の参加者とお喋りした。

発表をした韓国から来たお兄さんとお喋り。

お兄さんは発表中、何度も謝っていた。

お兄さんのパワポファイルが会場添え付けのパソコンでなかなか開かなかったのだ。

たぶん、会場側のパソコンの設定ミスか何かだな。と思った。だって、私のときも開かなかったし。

だが、お兄さんは謝っていた。

まあ、いいのに。

で、終わってから私に言う。

「僕の発表は駄目だった。研究のレベルも低い。プレゼンの段取りも悪い。駄目だ。全然駄目だ」
彼は自分を責める。

「えっ、そんなことなかったですよ」私は言う。駄目でなんかなかった。自分に厳しすぎるんだよ。

「僕はまだ修士で」

えっ、修士?

「修士論文の内容だったんですか?」

「いえ、まだ終わってなくって、僕は修士の学生なんです」彼は下を向いて言う。「学会発表なんて、今回が初めてだったんです...」

「えーっ、本当に? すごく経験のある研究者かと思いましたよ。だって、始めから終わりまで落ち着いて発表していて。わー立派ですね。私なんかね、初めてのとき、めちゃくちゃ緊張して、震えまくって、めまいがして倒れちゃいましたよ。ほんとですよ」

誇張したんじゃない。本当の、本当に、本当である。

「すごいじゃないですか。これから楽しみですね。これから、ともに頑張りましょう。新世代の研究を続けましょう。アジア出身の学生さん達は基礎学力もありますし、今後きっと活躍が期待できると思います」
お兄さんの表情はすこし明るくなり、ああ、よかった、と私も嬉しく思う。

有能な学生さんたちは自信をもって研究生活を送ってほしい。不安障害になんかならないで。

作成者: administrator

Mental health blogger, researcher, social anxiety/selective mutism survivor.