社会不安障害の治療は心理職(公認心理師)の国家資格化でどう変わるか:オーストラリアとの比較


現在、日本でも心理職を国家資格化する動きが強まっている。これが実現すれば、日本でも認知行動療法(CBT: Cognitive Behavioral Therapy)をはじめとするエビデンスの確立したセラピーを、現状よりも容易に保険適用で受けることが、将来的には可能となりそうだ。

私が社会不安障害(SAD: Social Anxiety Disorder)から回復したのは、認知行動療法によることは、これまでのブログ記事で何度も書いてきた。

この認知行動療法を、私はオーストラリアの永住者であるために、無料で受けることができた。それは国家資格を持つセラピストによる個人CBT(マンツーマン)だった。

無料というのは、国民・永住権所持者が保持する国の医療保険制度(Medicare)を利用したためである。国民皆保険制度(永住者も含む)であり、保険料は税金で賄われている。

オーストラリアでは、どんな病気でも、まず一般医(GP: General Practitioner)の診察を受ける。患者がGPへ行き、症状について話をすると、GPは診察・診断して、簡易なことならその場で治療、そうでない場合は、適切な専門医等へ割り振ってくれる。患者が自分の症状は何科で診てもらえばいいのか分からない時も判断してもらえるので便利だ。

GPがSADと診断すると、セラピストへの紹介状と治療計画書(GP Mental Health Treatment Plan)を書く。その紹介状と治療計画書を持ってセラピーを受ける場合、年間最大10回まで Medicare の保険適用となる。

(制度名:Better Access to Psychiatrists, Psychologists and General Practitioners through the Medicare Benefits Schedule (Better Access) initiative)

日本でも、心理職が国家資格化されることで、国家資格をもつ心理師が実施する認知行動療法も保険適用となる制度が整う可能性が生じるので、心理職国家資格化は日本のSAD患者にとって大きな意味を持つ。

ところが、この期に及んでも、心理職に対する一般の人達の関心は低く、この変革により大きな恩恵を受けると予想される精神疾患の当事者の側からすら、国家資格化の動きに対する感想や意見は聞こえてこない。

そのこと自体が、これまでの制度や議論のなされ方に潜む様々な闇や当事者の置かれた立場を反映しているようにも思われるのだが、今回の記事では、まずこの心理職国家資格化というタイムリーな話題に関連して、私が利用したオーストラリアの制度について紹介し、その後話を広げていきたいと思う。

 

オーストラリアでのSAD治療 概説はこのリンク先を参照 (注)

1: 一般医(GP:General Practitioner)へ行く

「プレゼンのとき震えるんです。怖くない場面のはずなのに恐怖が沸き起こるんです。そのことについて話すだけでも、恐怖が沸き起こり、ほら、こんなに震えてしまいます」

と私がやったように震える声でやっとのことで言うと、既定の診断基準・尺度に従い診察。SADと診断されると、患者とGPとで話し合い治療方法を決めていく。

このとき、大抵の場合血液検査もやってくれる。パセドウ病だったりもするからだ。

不安が大きかったり、日常生活に支障をきたしているようなら、ここでSSRIを処方してもらえる。GPは、「しかし、SAD治療に最も効果が高いと実証されているのは認知行動療法である」と強調し、セラピーを受けることを促す。

了承すると、GPは患者がセラピストへ持っていくための治療計画書(GP Mental Health Treatment Plan)を作成する。(治療計画書用紙サンプルリンク先

見れば分かるように治療計画と言っても簡易なものだ。

病歴や症状等を記入して、治療方法の欄にはCBT(認知行動療法)とか Social Skills Training とかGPが簡単に記述する。それは私のために記入した計画書を見せてもらったので知っている。

「やっぱり、セラピーに行くなんてメンドクサイな。忙しいし」などとダメ患者である私が愚痴ると、

「一応、うちでもCBTやってもいいことになってるんだけど、私、やり方よく知らないしね、専門のセラピストのほうが効果的にやれると思うのね」とGP。

セラピーはセラピーの専門家にやってもらいましょう。そういうことだ。まあ、時間もかかるし、GPでは賄いきれない。

近隣のセラピストの中から適切なセラピストをGPとともに選ぶ。GPは地域のセラピストの一覧表を持っていて、得意分野・料金・課金法などが書かれている(これも見せてくれた)。

「SADなら、この人と、この人が得意としている。で、この人なら、Medicare の範囲内の料金でやってくれる」みたいなことを教えてくれる。

セラピストは自由に料金を設定できる。(“Health professionals are free to determine their own fees for the professional services they provide. Charges in excess of the Medicare rebate are the responsibility of the patient”: セクション見出しに示したリンク先から引用)

つまり、セラピストが設定する料金が Medicare でカバーできる範囲内の料金を超える場合には、患者は差額を支払う。Medicare の範囲内の料金でやってくれるセラピストのところへ行けば、保険で料金が全てカバーされるのでキャッシュレス(無料)である。

ビンボーな私はもちろん無料のところを選ぶ。GPも Medicare で無料だったので、全部タダ。スゴイ。ビンボー天国だね。

セクション見出しに示したリンク先ページに明記されているように「治療計画からセラピストの選定までGPが決定する」ということに一応なっているらしいが、実際は患者である私と話し合い、同意の上で決定されていった。

GPを通さず、直接セラピストへ行くことも可能であるが、料金が全額自費となるので、それをやるメリットは普通ない。しかも、セラピストへ直接行ってしまったら、血液検査が受けられないので、実はパセドウ病だったりといった、患者が思っていたのと異なる疾患があったと場合、判明しにくい。医師とセラピストが各自の専門的観点から診てくれるというこの形が、患者にとっては最も安心だと思う。

 

2: セラピーを受ける

無料と言っても、登録されているセラピストなので、安心だ。私のセラピストのジャネットさんは修士号を持つ人であって、決して高額セラピストに劣らず、実際、とても有能だった。Ph.D.を持つセラピストは高額となる傾向があるようだ。Medicare なしで完全に自費の場合はワンセッション(60分)120ドル程度だとジャネットさんは言っていた。

このリンク先の “General registration standard” をクリックするとセラピストが登録資格を得るための基準が示されている。

GPが作成した治療計画書については、セラピストのジャネットさんはもちろん目を通したが、それだけだったように思う。毎回のセラピーで計画書を参照するというようなことは全くなかった。「CBT」としか指示らしきものはないので、当然ではある。

第一回のセラピーにおいて、「もし異なる病気だったらいけないから」と再度詳細な問診がセラピストによって行われ、そこで私は再度SADと診断された。

認知行動療法(CBT) の認知療法の部分――つまりエクスポージャー(行動療法のうちの曝露療法)やリラックス法の訓練――を除いた部分は、セラピストとの対話により進行していった。

CBTと言うと、思考記録票を思い浮かべる人も多いかもしれない。だが、ジャネットさんはセラピーの最中に思考記録票を書かせたりすることはなかった。対話オンリー。対話によって、思考記録票を書くのと同様あるいはそれ以上の力で、認知の癖をハイライトしていき、自己否定的自動思考を紡ぐ核心的信念にアプローチしていった(過去記事参照)。思考記録に私がハマったのは、ジャネットさんがくれた冊子に書かれていたのを勝手に実践して応用し始めたためだった(過去記事参照)。

実際、オーストラリアは日本と違って識字率が高くはなく、読み書きができない人も多い。だからCBTも対話中心で誰にでも効果が上がるように工夫されているのかもしれない。

私はこの個人CBTを7回受けて卒業した。通常はもっと回数を要する。その時点で不安の症状は消えていて、国際学会で発表するのも平気になっていた。

 

SAD治療 日本とオーストラリアの違い

このブログのHPに、私はこう書いた。

無題

そんなはっきりしたことを言ってしまっていいのか?

もちろん治療的意味合いがあったのかもしれない。治療できる、あなたは良くなる、と患者に最初に告げることで、その後の治療効果は高まるのかもしれない。

しかし私は、このようなはっきりした表現にかなり戸惑った。専門職としてそんなこと言っちゃっていいのか?と心配に思ったのだ。統計的には7割程が快方に向かいます、とか言っておけば、結果的に患者が快方に向かわなくても、よくならない3割だったのは残念だったね、みたいな逃げ道を作っておくことができる。

数ヵ月後、言われた通りに症状は劇的に改善した。

私は自分ひとりが回復したという理由で地域の皆が回復しているとは決して言えない。他方、GPやセラピストは、経験上の知識がある。これまで自分が地域で治療してきた多くのSAD患者が回復したのなら、かなり自信をもってこのようなことを言える、そういうこともあったのかもしれない。

ところが、

 

日本のSADの人達の話を聞いていると、同じことを言われない。

 

この違いは何か。

これはSADが治療可能な疾患かどうかの問題ではなく、SADを治療する体制が整っているかいないかの違いではないだろうか。

地域にSADを治療するための充実した医療制度とSAD治療を得意とする有能なセラピストが存在しているなら、かなりの自信を持って、「SADは治療できる。よくなるから安心していい」と言えるだろう。

日本ではこれまで心理職の国家資格はなかったため、CBTを保険適用する場合も医師が実施する場合に限られていた。CBTは時間がかかる上に報酬が少な過ぎるため非現実的だった。

その結果、ほとんどのSAD治療は薬物治療中心となる。薬物治療オンリーの場合、症状が改善する人もいるが、そうでない人のほうが多い。改善しても、CBTと併用した場合と比べて再発(relapse)しやすい。

だから、「よくなりますよ」とは言いづらい。

その違いはSAD治療の情報サイトにも反映されているように見える。

us

上記は米国国立精神衛生研究所(NIMH)の社会不安障害のページ。(引用画像をクリックすればソースへ移動できます)

治療法(Treatments)のセクションは、まず最初に精神療法(Psychotherapy)を挙げ、

「認知行動療法(CBT)が特にSADの治療に有効である」(especially useful for treating social phobia)と述べている。

その後に薬物療法(Medication)を挙げ、

「医師はSAD治療の促進のために薬を処方することもある」(Doctors also may prescribe medication to help treat social phobia)と加えている。

下記は英国国営保健サービス(NHS)の社会不安障害のページから。

 

uk

成人のSAD治療法(Treating social anxiety disorder in adults)のセクション。

まず認知行動療法(Cognitive behavioural therapy)が挙げられ、

「CBTはSAD治療に最も効果的な治療法のひとつである」(one of the most effective types of treatment for social anxiety disorder)としている。

その後ずっと下に、

「抗鬱剤(Antidepressants)のSSRIが役立つ人もいるかもしれない」(Some people may benefit from trying a type of antidepressant medication, usually an SSRI)とある。

 

「社会不安障害 治療法」でググってみよう。日本の代表的なSAD治療に関する情報を提供している公の組織等が発信しているサイトを複数見ると、面白いことが分かる。治療法の順序の提示のされ方がちょうど逆になっていて、どこも最初に薬物療法のSSRI等を挙げている。サイトによっては「薬物療法に認知行動療法(CBT)を併用することもある」という記述も見られ、これも「認知行動療法(CBT)に薬物療法を併用することもある」という英米の記述と逆になっている。

この現象が意味するのは、日本人にはCBTよりもSSRIが効くというようなことでは決してないし、製薬会社の陰謀というわけでもない。「日本で現在提供可能な治療法の中では」という枕詞が省略されていて、その範囲内において「SSRIが効果的である」ということなのだろう。

こういった日本の精神医療の状況について語られるとき、薬物治療に頼りがちな精神科医が責められがちだが、それは問題の本質を見誤っていると思う。

問題の本質はシステムにあり、良質なセラピーへのアクセシビリティー――心理職の国家資格化とセラピーへの保険適用、心理師の育成に伴う有能な心理師の数の増加――が実現されることなくして、改善され得ない種類のものだ。

 

悪質なカウンセラー・セラピスト被害

このようなブログを運営していると、日本にいるSADの人達からの色々な話が耳に入るのだが、日本でカウンセリング・セラピーと呼ばれているサービスの質についての話には驚くことがある。

SADで苦しんでいると言っても、ただ話を聞いてあげるだけであったり、

「家事が大変なら御主人に手伝ってもらうといいですね」

「寂しいなら彼氏・彼女を作るといいでしょうね」

などの、素人的なアドバイスに終わる例。もちろん症状は改善しない。

もっとひどいものもある。カルトのようであったり、行ってみたら非常に怪しげな感じで、ここには書けないようなことをされそうになったり、様々な危険な目に遭ったり。

それなのに、高額の料金を取られる。

病気の人達の弱みに付け込んだ詐欺。

このような詐欺行為が日本で横行するのは、心理職の国家資格がないことと関連している。

普通の先進国でなされているように、医師の診察を受け、国家資格を持つ心理職へ直接紹介されるようになれば、このような詐欺に遭う危険はなくなるだろう。正規のルートを通じて良質のセラピーを受けられるようになる。

同時に、良質なCBTを施術できるセラピストの養成システムも徐々に整備されてくると期待できる。多くの有能なセラピストが生まれ、効果的なセラピーが地域の街角で受けられるような、そんな理想的な治療システムに近づくかもしれない。

標準化されたCBTが広がる中、効果の低いセラピーや詐欺行為は自然と淘汰されるだろう。それを日本における多様なセラピー文化の終焉とかCBTによるグローバリゼーションなどと揶揄するのなら、口で言うのではなく、示せばいい。そのマイナーな療法の施術を日本で存続させたいのなら、エビデンスを示せばいい。研究機関の倫理委員会から正式な許可を得て、倫理的な手順に従って被験者を募り、研究を行い、エビデンスを積み上げていけばいい。本当に効果のある療法なら、多くの論文により次第にエビデンスが確立されていき、日本発の療法として各国で採用されるようになるだろう。

それができないなら、施術してはいけない。一部の自称心理職の人々の自己満足のために、病人がなけなしの金をはたいて効果のないカウンセリングやセラピーを受けるという状況に終止符を打たねばならない。そしてこの単純明快な倫理観が理解できない人達がいるなら、そのような人達に病人を任せ続けてはならない。だから、国家資格が必要となっているのだ。

 

制度や議論に潜む様々な闇:当事者の置かれた立場

そういうわけで、心理職国家資格化はSADの人達にとって大きな意味を持つのだが、当事者側から大きな反応が起こらないのは、上記に書いたように、CBTがSADに大きな効果があることや治療可能な疾患であることが、はっきりと述べられてこなかったことがひとつとしてあるだろう。前面で語られるのは、「日本の世界に誇る皆保険制度のおかげで病気になっても高度な水準の医療を誰でも受けることができる」ことで、日本で多くに人が罹患するSAD、鬱病等の気分障害とされる疾患になったら、最も効果があるというエビデンスのあるCBTに、実質上アクセスできないシステムのことは当事者の前では語られない。

もうひとつに、国家資格化に関する議論がユーザー・当事者を主語として語られることが少なかったために、当事者としては自分の病気の治療と深く関係のある議論だと感じられないということがあるだろう。

最終目的として、セラピーによって回復する種類の精神疾患の当事者を救うということ。

その目的を掲げて救助船を出すのだが、救助地点を前にして、どのようにして救助するのか論争が起こる。

「我々はそのような形での救助は承認できない」 「いや、我々は別のやり方でやりたい」 「我々の立場が完璧に守られるのでなければダメだ」

主語はなかなか当事者にはならない。そして合意に達することができずに、「では、次回に」と、溺れつつある当事者を置いて、救助船は去っていく。

従来からの組織の利益が最大に守られる方法が模索され、当事者については後回しにされる。そんなことが繰り返されてきた。

そういうふうであったので、目の前にやってきた船が、本来自分達を救助するためのものであったのだと当事者が気付くのは困難だろう。

 

立場上、専門家には言えないこと、当事者にしか発言できない種類の事はたくさんある。

SADになってしまうと、発言するという行為自体が困難となり、しかも社会的にも弱い立場に置かれがちなため、発言力が弱まりがちだけれども、今回、公認心理師法案が臨時国会でようやく成立するのなら、当事者が治療で経験してきたこと、気付いたこと、改善の余地があると思われたことなど、これまでの個々人の経験から生じる意見ひとつひとつが、数年後に機能的・効果的かつ持続可能なSADの治療システムが日本でも整えられていく過程において貴重なフィードバックとなり得る。

自らを主語として主体的に現状を伝えていくことで、誰もが罹患する可能性のある精神疾患になっても、本当に、いつでも安心して高度な水準の治療を受けることができるシステムの確立に寄与する小さくも貴重な力となるかもしれない。

 

 


(注)2014年6月現在の情報です。オーストラリアの精神医療システムは変わりやすいので、情報が必要な方は必ず各自で最新情報を確認してください。