非現実的な理想を掲げる癖


学会から帰り、時差にやられていました。

それがよくなったかと思うと、今やっている研究にあるエラーを発見。

直さねば!と修復と解決に奔走。

が、現時点では直せないという事実に対峙しなければならなかった。

ある統計解析モデルを使えば直せる。さらに正確な結果を出すことができる。それは分かる。

しかもその統計解析モデルを当該分野で使った研究者は今のところいない。

だから、これをうまく使いこなして仕上げてしまえば、方法論上の貢献も大きい。すごく大きい。ぜひやりたい。

でも。

勉強不足なのだ。そのモデルを使いこなせるようになり、当該分野で応用できるように方法を整えるには、必死に勉強して、練習して、試行錯誤を繰り返し、

まあ1年はかかるでしょう。

そういうことだ。誰もやり遂げたことがないっていうのは。簡単にできることなら、みんなやっている。

なんてこった。今すぐ使えないなんて。もっとしっかり勉強しておけばよかったのに。

そう思うと自分に対して怒りがこみ上げなんだか心臓がどきどきしてきました。

あっ、いけない。

気がついたからよかった。パニックの湧きはじめの状態に気がつくようになったこと。そのときに発生する思考に気がつくようになったこと。ストップを自分でかけられるようになったこと。

着実によくなってきている。

深呼吸して、違うふうに考えてみることにしました。自分に語ってみました。

ちょっと、ちょっと! 誰もやったことのないことなんだよ。そんなことを一気にやってしまおうなんて、超非現実的!

少しずつ、小さなことからやっていけばいいんだよ。

解決法に気がついてよかったじゃない。

これであと二年間くらいは研究のネタに尽きないね。

しかも、その暁には、大きな貢献をすることができると分かっている。たった二年でよい論文が出せる。

私って超ラッキー。

で、周りの人はどう思うかなと同僚に話してみる。

誰一人として、爆走して勉強して今年中に完璧な形の論文を仕上げることを勧める人はいなかった。

そうだね。スピード違反だね。そんなことしたら、どっかぶつかって死んじゃうよね。

仮説的なものを今年出し、二年後に形を出す。意見は一致した。「それはいいね。楽しみだね」と皆うれしそうだ。

そうだ。ラッキーだった。これから楽しみだ。毎日楽しく夢を持ってお仕事できるのだ。

学会での二度目の発表もうまくいった。

全く予期不安が起きなかった。

発表中も不安はなかった。

緊張しなかった。

初めから終わりまでリラックスして楽しく発表することができた。

なんだか生まれ変わったみたいだ。

学会発表。そんなものは本当に緊張するべき場ではないのだ。

けど、まだ私は非現実的な理想を掲げがちだ。気がつくとやっている。気がつかないとやっていることにすら気がつかない。

だって、学会に行く前、私はブログに妙なことを書いていませんでしたか?

今回の発表には突っ込みどころがあるので、それを指摘されたらどうしよう。いくつかの点に突っ込みを入れられたら私には答えられない。そういう事態になったら、質問者に質問返しをして、会場での議論に持って行ってしまえばいい...とか。

実際、現実にはそんなことはめったに起こらない。今回はそれに気づいた。そんな高度な論争は起こらない。

具体的なことは次回に続けます。