はじめに

  • 特定の社会的場面で異常に緊張する
  • 手が震える 声が震える
  • 心臓が壊れるかと思われるほど激しく鳴る
  • 息が苦しい
  • 頭の中が真っ白になる
  • 汗が大量に出る
  • 一生この恐怖から逃れられないと思う
  • 不安発作が起こると予想されるイベントの何日も前から不安が高まり苦しい

教科書を音読するときに声が震えたり、黒板に書くとき手が震えて書けなくなってしまうといった社会不安障害の症状は、高校生の頃から始まった。

以後、どんなにしっかりやろうと決意を固めても、症状が出ないことはなかった。むしろ、勇気を出して不安場面に挑むほど、症状の度合いは強く出た。

社会不安障害は悪化するのみで、不安になる場面は増えていった。

ゼミの発表が恐ろしい。電話をかけるのが怖い。人混みが不安。銀行やレジで並んでいると手に汗が出てきて不安が広がる。車を運転するのも他の車からの視線が気になって怖い。発表の予定などが入ると、何カ月も前から予期不安。

不安発作の程度も悪化していった。

プレゼン時に大きな不安が起こり、ひどく震え、パニック発作を起こす。その後、プレゼン時に同様の発作を起こし続けた。

その後、国際学会で発表する機会を得たので、勇気を出して頑張ってみることにした。もしかしたらできるかもしれない。それにどうしても伝えたい。そんな気持ちからわが身をようやく壇上に置いたつもりだった。

ところが、そのときだった。最も大きなパニック発作に見舞われたのは。

社会不安障害はどんなにがんばっても悪化する。不安場面に身を置けば必ず不安発作が起こる。そう考え絶望した。

何をどう頑張ったって、どんな発見をしたって、発表できない。人前で話すことなど、一生できない。

発表予定が入ると、途端に予期不安に襲われ、耐えられなくなり、キャンセル・回避。

そんなふうに絶望の中長年不安場面を回避し続けた。その間、着実に症状は悪化していった。

発表予定をキャンセルしようとしたある日、諦める前にやれるだけのことをやってみようと、勇気を出して本格的な治療を受けてみた。

その頃は社会不安障害の症状は重篤で。医師に相談しているときすら、震えて喋れなくなるほどだった。

あの不安の恐怖について説明しているうちに、それだけで恐怖を思い出して不安に呑まれていく。

本当に怖くて、恐ろしい。それでいて社会的場面が怖いなんておかしい、そのことについて話すだけで恐ろしいなんて理不尽だといった認識は強くあり、理性と不安の間がどこまでも乖離していく感じが恐ろしく、またその完全に相反する感情が自分のひとつの意識の中でさらに強く絡み合い混乱させていく感じが恐ろしく、震えながら、泣きながら、何度も喋れなくなりながら医師に説明した。

ところが、

最初の診察で医師はこう言った。

「社会不安障害は多くの人が患っている一般的な障害。数か月でよくなりますよ」

認知行動療法のセラピストはこう言った。

「社会不安障害はとても治療しやすいから、安心していいですよ」

 

治療後、大きなプレゼンを二度こなした。

まるで自分ではないかのごとくで、まったく緊張しなかった。

その後、認知行動療法で得た技法の実践を続けることで、日常生活での不安も軽減してきて、不安が生じても回避せずになんとかやり過ごせるようになってきた。

社会不安障害というものは、掴みどころがなく、かつて自分の人生をどこまでも狂わし抗うことすらできなかったものであったのに、治療を受けてからは不安に対する不安といったものに囚われなくなり、自分の人生の軌道を不安に邪魔されずに運転していけるような感じが生じている。

このブログは社会不安障害の治療記録(初回から100記事程が主に認知行動療法での治療の様子)であり、不安障害を持つ者として、思ったこと、考えたことを当事者の観点から綴っている。

したがって一個人の極めて内省的かつ主観的な記録であり、決して社会不安障害の治療経過として一般化できる種のものではない。

このようなひとりの患者の治療の道筋も、当事者としての視点から描写して残すことでどなたかの役に立つこともあるかもしれないと思ったこと、また何よりも自分にとって思考や行動の変化が観察できて回復に役立つことから、ブログとして記録・公開することにした。

 


治療の過程・認知行動療法の様子を時系列で読んでいきたい方は、治療日記(ブログ)の初回から読み進めていってください。