運転するのがこわい2


書きこんだ 『私の不安用紙』(思考記録表)をセラピー時にジャネットさんに見せた。

 

「まあ、そうだったの、運転もなのね」ジャネットさんはちょっと考え込んだ。「そうなのよね。不安障害の場合、不安の対象がどんどん広がっていってしまうものなの。そうしているうちに外にも出られなくなってしまう」

えっ? そうなのか。こうしているうちに外出すらできなくなってしまうのか。

「運転も、そうなの。交通量ってことがあるから、他の人たちの視線にさらされながら運転するでしょう。だから、一種の社会的場面でのパフォーマンス」

そうだったのか。言われてみればそうかもしれない。だって、交通量がまったくなくって、私だけがだだっ広い道を運転する場面を想定してみると、全然怖いと思わない。大喜びで運転しちゃうよ。

今まで運転しないことを自分ではあまり問題視してこなかった。旦那が運転するからいいやっ と。

考えてみると私にはふかーい運転恐怖症がある...

数ヶ月前のことだ。

旦那が肺炎になった。

日曜の夕方、旦那の容体が悪化した。すごい熱。

どうしよう

旦那のことはもちろん心配である。

しかしもっと心配なことがあった。

旦那がダウンしてしまったら、私が運転しなければならないかもしれない。

夜は更けていく。しかも雨が降っている。これ以上旦那の容体が悪化したら、私が救急病院まで運転していかなければならない。

子供も乗せて運転しなければならない。「いや、意識がなくなっちゃったりしたら救急車を呼んでもいいし、タクシーでもいいし」私は恐ろしくなって泣き出した。「どうしよう、どうしよう、私が運転してあなたを病院まで連れて行かなきゃならない。雨の降る真っ暗な夜道を運転するなんて。絶対に事故に遭う。そして家族全員みんな死んじゃう」

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旦那は私をなだめる。でも私の恐怖はおさまらない。悲劇的結末を思い泣き続けるばかり。

「大丈夫。今自分で病院へ行ってくるから心配いらないよ」 そう言って旦那は這うようにして自分で運転していったのであった。

ああ、よかった。これでひと安心。

いや、それは違うでしょう。

この事件から数カ月後、私は社会不安障害の治療を受け始め、ようやくこの事件の異様さ、つまり、私の反応、切迫的思考の異常さに気がつくのであった。

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