結果から言って、学会での発表は信じられない程うまくいった。自分ではなかったような感じすらする。
予期不安がなかったことからしても、以前とは正反対だった。
学会というのはディナーやらパーティーやらイベントずくめであり、オプショナルツアーまでつくこともある。そうだ、やはりこれは遊びなのだ。真面目に仕事をするふりをする学者たちのお遊びイベントなのだ。そういうふうで、緊張を感じずリラックスできたので、今回の学会イベントには全参加した。
「あなたのプレゼンはまだなんですね。私は終わっちゃったんでいいけど、やはりこうしていても落ち着かないでしょう」ディナーで隣の席に座った人が言った。
「えっ? そんなことは... まあ、楽しんでます」
「おやっ、そうですか。余裕なんですねー」とワインをとくとく注いでくれます。
いや、そんな。あなたは私を知らない。社会不安障害で病みまくっていた私を知らない。
けど、どうだろう。実際のところ、今の私はこれっぽっちも緊張してないし、不安もない。明日プレゼンなのに、一体私のこの落ち着きようはなんだ。緊張していないという事実すら、人に言われないと気がつかない。
標準的な発表者はそれなりに緊張しているものだ。
例えば、宿で隣の部屋に泊まっていたニュージーランド人の教授の方。年配の女性で、とても感じが良い。ある朝気持ちよく挨拶した途端、大きなため息をつく。プレゼンを控えてとても緊張していると言うのだ。
「でも普段の仕事で講義もあるし、人前で話すのは慣れているでしょう。大丈夫ですよ」
と私は言ったが、やはり緊張しているらしい。
「学会は緊張する。早く終わんないかな」
まるでゼミで初めてプレゼンをする学部生さんのようなセリフを言う。
今回たくさんの学会発表を聞いたが、ほとんどの発表者が程度の差こそあれそれなりに緊張していた。もちろんそれで悪い印象を与えることはない。一生懸命に取り組んでいる様子が伝わってきて大変良い。
そして、皆それなりの予期不安を抱えていたようだ。自分のプレゼンが終わるまでは緊張する。「早くプレゼン終わらせて落ち着きたい」とか、「初日プレゼンが一番いい。あとは楽しめるから」とか、そんなことをみんな言っていた。
「Kさんはどこかな」ディナーで隣の席に座っていた人が尋ねた。
「えっと。いないようですね」
「最初はいたんだけど。もう帰っちゃったのかな」
「デザートも食べないで?」
「うん。明日発表だから準備してるのかな」そこで隣の人ははっとしたように私を見た。「そう言えば、あなたも明日ですよね。もう準備万全なんですね。では前祝いにもっと飲んでください。あなたの明日の発表がうまくいきますよう、cheers! 」
とワインを注いでくれる。
うまくいくことにして、先にお祝いしちゃう。これは最強の不安対策かもしれない。